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by 1lowe
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監督・王貞治

ソフトバンク・ホークスの王監督がユニフォームを脱ぐ。
今日の東北楽天ゴールデンイーグルス戦が、監督最後の試合となった。
結果は・・サヨナラ負けを喫し有終の美を飾ることはできなかった。

王貞治
野球界のスーパースターであり、尊敬する人。
ワタシにとってスーパースターは「長嶋茂雄」ではなく「王貞治」だった。
ホームラン756号の世界新記録を打ったときの興奮と感動は今も忘れない。

そして・・
大学時代、ワタシの専攻したゼミのテーマは
「プロ野球研究」
だった。
どんな勉強すんねん・・と突っ込まれそうだが・・
まぁそういうゼミがあったのだ。

そのゼミにおけるワタシの卒業論文のテーマが・・
「巨人軍監督 王貞治論」
だった。

王監督、最後の日にここに記したい・・






 藤本定義、中島治康、藤本英雄、三原脩、水原茂、川上哲治、長島茂雄、藤田元司、王貞治。昭和9年以降、巨人軍の歴代監督である。このうち、巨人軍を日本一に導けなかったのは3人・・藤本英雄、長島茂雄、そして王貞治である。「ON」としての選手時代の栄光を監督として掴むことができなかった。

「名選手は名監督にあらず」よく言われることである。逆に名監督と言われる人に名選手は少ない。これは現役時代に試合に出場することが少なくベンチにいることが多いとベンチの中で監督の采配をよく見ていることになり、野球を勉強することができ、自分が監督になったときに役に立つのである。
そうすると長島が名監督になれなかったのは、巨人軍入団から引退までずっとグランドにいた選手であり、勉強時間がなかったためであろう。
王はどうか。王も入団から引退までグランドにいた選手だった。だが、監督に就任するまで3年間は藤田の下で「助監督」としての勉強期間があった。
なのに日本一になれなかった。

王には監督の才能がなかったのだろうか。

「頭差、首差は馬の力。鼻差の勝ちは騎手の腕」
これはかっての名騎手のセリフである。
これを野球に当てはめると、鼻差勝ちは1点差勝ち、馬はチーム、騎手は監督采配ということになる。つまり1点差勝ちは「名監督のバロメータ」であるということになる。
昭和35年、大洋ホエールズを優勝に導いた三原脩監督は70勝のうち、半分の35勝を1点差勝ちという驚異的な記録を持っている。
王監督はどうか。
通算67勝87敗と良くない。王は1点差ゲームに弱いということだ。
1点差勝ちが名監督の条件だとすれば、王は名監督ではない、ということになる。

それでは「王采配」というのはどういうものなのか。
昭和62年の優勝時の采配を例に取ると完全な「先行逃げ切り」の野球である。
初回、無死あるいは1死でランナーが出たらまずバント、先制点を取りに行く。
そして終盤は「角ーサンチェー鹿取」のストッパー3段締めというワンパターン。
この年、巨人には原、中畑、吉村、篠塚、クロマティの5人の3割バッターがいるが、この5人で犠打、犠飛が44もある。打撃の軸ともいえるクリーンアップの5人が、ランナーが出たチャンスの場面で犠牲バンドのサインが出ていたのである。
 そして3段締めだが、この年の巨人投手のの完投数はわずか28である。優勝した西武の66完投と比べると明らかに少ない。
完投数の少なさと対照的に毎試合のように出てくる継投策。
「ピッチャー鹿取!」は流行語にもなった。
王の優勝の鍵を握ったのは、この継投策にあった。

 しかし毎試合、同じパターン同じシナリオでは面白みもない。
この王(ワン)パターン采配に「勝利を不動にするためだ」と応える王。
このガンコなまでの投手起用とバント作戦には「王独自のルール」があるのではないか。
それはあくまで「型」にこだわり、「型」で世界の大打者になったという王の球歴にある。
王はプロ入り3年間は伸び悩んでいたが、4年目に荒川コーチとの出会いが芸術的な「フラミンゴ打法」という「型」を生み出した。
「型」を持ったら、「型」に頼らなければ何もできないということが王にはいえるのではなかろうか。

こういう王の性格的なものが、監督というものに向いていないのではないか。

次のエピソードがそれを証明している。
王と麻雀をしたことのある人はこう言う。
「一言で言うとサッパリした麻雀。
一度手を決めたら、とことんまでその手を追求する。
状況に応じて手を変えることはせず、だからチンイツ、ホンイツの手が多い。
きれいな手で豪快に上がるのが好きで、マナーもいい。
だからといっていいかもしれないけど、勝てない。
その代わり、払いはキレイでちゃんとしていて、負けても『もう半チャン!』とは決して言わない。
小さなトラブルがあっても、『まぁいいじゃない』と意に介さない」
麻雀にはその人の性格が出るという。
まったくその通りで王采配そのものである。
逆に川上哲治と森祇晶の麻雀はよく似ているという。
それは
「相手が何点持っているかうを必ず計算している。
負けていると『もう半チャンやろう』と何度も言い卓から離れない。
そのくせ勝っているとすぐにやめてしまう。
ルールにもうるさく、相手のチョンボには必ず点棒を払わせ、ネチネチした打ち回しで、たとえ上がれなくてもテンパイだけはしようとする」
まるで王とは正反対の打ち方で周囲からは嫌われるタイプである。
だが、勝負事にかけては川上・森の方がはるかに優れている。
その結果は野球に表れている。

王はそういう意味では勝負事には向いていないのかもしれない。

以上のことから、王貞治は名監督ではなかったということになる。
それは性格的なものにあり、麻雀の例に挙げたように勝負事に執着できない王が監督に、
しかも球団50周年という勝つことを宿命付けられた巨人軍の監督に就任したことが王にとって悲劇であった。




以上です。ざっと要約しましたが・・。
これを書いたのは1988年・・ちょうど20年前ですね。
当時、巨人の監督を解任された時期でした。

あれから・・
ご存知の通り・・
ダイエーホークスの監督に就任し・・
リーグ優勝を果たし・・
日本シリーズも制し・・
はたまたWBCではジャパンの監督にも執念されまして・・
WBCを制し、世界一の監督になられました・・

そんな世界の王に対しまして・・
監督の素質がない・・
勝負事に執着できない・・


もう、お詫びすら言うことも許されまい・・

本当に
申し訳ありませんでした。

そして・・
お疲れ様でした。

まずはゆっくりと静養なされまして・・
いつの日か、
再びユニフォーム姿を見せていただくことを・・

ありがとうございました。

c0118948_0235930.jpg

ワタシが見た最後のユニフォーム姿・・
南海ホークスのグリーンもよく似合っておられました・・
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by 1lowe | 2008-10-08 00:33 | スポーツ